平成29年7月17日、ツーリング9日目。久々に畳の上で寝た昨夜、「へそ」の夢を見ることもなく富良野駅前の旅館で朝を迎えた。今日の予定は美瑛を通って旭川まで北上した後、小樽を目指す。空一面を灰色の雲が覆っている。雨が降っても降らなくとも、カブ乗りを楽しむぞと自分に言って午前8時に旅館を出発した。7月の富良野はラベンダー畑が定番ということで、富良野市から上富良野町に向かう途中見かけた「ラベンダーの森」の看板にしたがって国道から脇道に入った。「ハイランドふらの」ラベンダーの森に着いたのは午前9時、早い時間なのかラベンダー畑には観光客は数人だけ。森を背景に薄紫の花を一面に広がっていた。しかし、鼻を近づけても香りは全くしない、朝露のせいだろうか。原付に乗った親父が一人、ラベンダー畑を散策するのは気恥ずかしい。写真を撮ってそそくさとお花畑を後にした。

「ハイランドふらの」ラベンダーの森
今日は三連休の最終日、富良野の観光地はどこも混雑するに違いないと考え、国道からそれて田舎道を周囲の景色を眺めながらのんびり走った。観光地から外れると、開拓地だった頃の趣を感じるものに出会ったりする。美瑛町で見かけた小屋がまさにそれだった。その小屋は農機具などを入れておく普通の小屋だが、周囲に張ってあるトタンの色を見た瞬間、思わずカブを止めた。小屋全体が何とも不思議な色彩なのだ。茶褐色、うぐいす色、灰色が混然としたパッチワークのようでもある。風雪に耐えきれず剥がれたペンキもあれば、ベースのなまこトタン板にへばりついているのもある。何十年もかけて重ね塗りしたペンキが思い思いに剥がれたのだろう。人間と自然の力が融合したような小屋の顔がそこにあった。「そうだ小屋にも顔があるのだ!」こんな出会いがあるからカブの旅は面白い。

小屋にも顔がある。この表情ただ者でない。
さて、美瑛町は、丘陵地に広がる小麦畑や野菜の景観が美しいところ。印象に残る風景が多くのコマーシャルに使われている。40歳代以上でないとリアルタイムで見ていないだろうが「ケン&メリーの木」、「マイルドセブンの丘」などが点在している。

美瑛の丘はどこも絵になる。晴れていたらもっと良かったのかも…

美瑛麦秋
今日は、空一面の曇でドライブ日和ではないが、三連休最後の日、どこの観光スポットも車やバイクが多い。私もその一人、マイルドセブンの丘で写真を撮る。丘の上に立つカラマツの木立は清涼感を感じさせる光景であり、人気のカメラスポットも頷ける。もともとそこは防風林で、強風で畑の表土が飛ばされるのを防ぐために、開墾者が植栽したもの。それが観光スポットとして多くの人が訪れるとは、当時の人は考えもしなかったろう。観光客がレンズを向けている方向と逆の場所には、ひっそりと民家が見える。観光地とは無縁の空間がそこにあった。

マイルとセブンの丘

マイルドセブンの丘に続く民家(グーグルマップから)
さて、美瑛町から旭川を経て、滝川、岩見沢を通過し小樽を目指す。天気も曇天から青空も徐々に顔を出してきた。沿道には「ゆでトウモロコシ」ののぼり旗も目につく。前方に見える札幌市街を迂回して札幌・小樽間の国道5号を西に進む。そこは片側3車線の主要幹線で通行量も多い。カブは時速60キロで快調に車道左側を快調に走るが、大型トラックはどんどん追い越していく。荷物を積んだカブは風圧で煽られそうになるので緊張は解けない。スキージャンプで知られた手稲山の裾野を越えると石狩湾が見えてきた。もうすぐ小樽市内だ。

国道5号を通って小樽市内に入る(グーグルマップから)
午後3時を過ぎたが、まだ今日の宿泊地が決まっていない。マップで見ると小樽市近郊にはキャンプ地が数カ所あるが、小樽駅の近くにある「ライダーハウス小樽」が目を引いた。一度はライダーハウスなるものに泊まってみたくなった。どんな所なのか、何事も体験である、まずはどんな建物なのか見てみようと地図を頼りに小樽駅前に行った。この辺かと見当をつけて探したが見つからない。そこで道路脇にカブを停めて歩いて探したが、それらしい看板は見つからない。そこで、電話をかけてみた。すぐに男性が出て「今どこ?」「駅近くのアーケードにいます」「それじゃ、すぐ近くだよ。長崎屋のビル脇のガソリンスタンドの隣。泊まり大丈夫ですよ。」「その辺は通ったんですが、看板でてますか?」「入口にライダーハウスって書いてあるから、目立たないけど…」そんな電話でのやり取りがあって、ようやく見つけた。想像していた建物とだいぶ違う。そこは、廃業してしばらく経つ飲食店が入っていた3階建ての雑居ビルといった趣の建物だった。玄関で訪いを告げると、50歳か60歳代のやせ気味の男性が二階から狭い階段を降りてきた。電話の男性だった。宿泊を申し込むとすぐに部屋に案内してくれた。階段を上っていくと、二階の踊り場から部屋の中が見えた。ソファーとテーブルが置いてあるが雑然としている。壁の棚には酒びんが並んでいる。後で同室の客から聞いたところ、対応した男性はここのオーナーで、この雑然とした部屋で客とオーナーが毎夜酒を飲みながら雑談するという。オーナーはそのままソファーで寝るらしい。毛布も見える。そのオーナーが案内した部屋は三階にあった。フローリングで20畳ぐらいの部屋にはマットと枕があるだけ。毛布等もあるのだろうが、宿泊者のほとんどがキャンパーなので自分の寝袋を使うのだろう。ひととおり案内を済ませるとオーナーは、「1500円頂きます」と言ったので、その場で渡した。領収証や宿帳らしきものはなく、こちらからも口にしなかった。(注:たまたまオーナーは忘れたのだ…と思う)その部屋には先客が一人いるとのことだが、荷物だけ置いて出かけているようだ。壁際のハンガーにライダースーツが掛けてある。

ライダーハウスとは思えない外観(グーグルマップから)

ライダーハウスの玄関

この日は3人が同室だった。一泊1500円
さて、今日の寝ぐらも決まり、荷物を解いてカブを一階半地下の駐車場に置くと、時刻は午後5時を過ぎた。そこで夕刻の小樽駅周辺を散策した。小樽市街は山を背にした港町なので傾斜が多い。駅前から港へ向かう通りに目を向けると小樽運河の一角が見えた。さらに向こうには空との境界がはっきりしない海が見えた。ぶらぶらと散策を楽しんだ後、アーケード内の食堂で地元の客に溶け込んで夕食を済ませると、もう8時になっていた。寝ぐらに戻ると客が一人増えていた。今日のフローリング部屋は3人相部屋らしい。同室の人とはバイクや装備の話、雑談部屋に置いてある自由ノートから日本一周中の客が多いことなどを話題にした。そして午後9時には各々床についた。翌朝に分かったことだが、駐車場のバイクの数からその日は自転車も含めて、少なくとも6、7人が泊まったらしい。若者は別の部屋で寝たらしく、開け放ったオーナーの部屋を覗くと、毛布を被ってソファーで寝ているオーナーとテーブルの上の酒ビン数本が見えた。若者たちとの懇談の跡だろう。このようにツーリング9日目が過ぎたのであった。本日の走行263キロメートル。

さて、いよいよ次回(その12)が最終回となります。このシリーズどのように完結するのでしょうか。
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月: 2017年11月
五感で走った北海道(その10)
平成29年7月16日、ツーリング8日目。足寄町の里見ヶ丘公園で朝を迎えた。朝7時にテントを撤収しようとしたところ、あれ! テントを張っているロープが切れている! 劣化だろうか? あれ! あれ! あれ! テントの4方向全部のロープが切れている。劣化でない。切られたのだ! 誰が? なぜ? 切り口をよく見ると毛羽立っている。ナイフで切ったものではない。犯人は公園を寝ぐらにするカラスであった。真夜中にテント(フライシート)の表面を何かが滑るような音がしたのは、カラスの羽音だったのだ。そして、テント収納袋が5メートル先にあったのも風でなく、カラスのイタズラだったのだ。夜中に起きた時は早く寝袋にもぐりこみたかったので、風で飛んだのだろうと自分を納得させたが、実は、風が吹いた様子はなかったのだ。朝、公園内を見ると、テントから20メートルぐらい離れた池の周囲に数羽のカラスがいる。カラスは好奇心が強く、いたずら好きである。見慣れぬテントを見て、4方向に伸びているロープを鋭い嘴でついばんだのだ。ロープの切り口が何よりの証拠である。

カラスに切られたロープ
カラスについては、今回こんなこともあった。北海道ツーリング2日目の苫小牧で目撃した光景。家畜飼料を運搬する専用車の荷台には円筒形のコンベアが付いているが、走っているその専用車の荷台に飛び降りて、餌を探しているのである。映画マッドマックスでは、走っているタンクローリーに人間が飛び乗って燃料を奪ったが、北海道では走っている飼料運搬車にカラスが飛び乗るのだった。

公園を寝ぐらにする三羽ガラス
さて、切れたロープは後で修繕するとして、荷物を積み込み午前8時に里見ヶ丘公園を出発した。今日は、前から行こうと決めていた富良野に向かう。足寄町から上士幌町を通り、北海道の分水嶺でもある狩勝峠を越えて南富良野町に入った。そこから北上すると富良野市だが、寄り道をして麓郷の森に向かった。そこは、テレビドラマ「北の国から」の舞台になった場所。今から35年も前のドラマだが、何度も再放送されているので知っている人も多いだろう。そこに行くと、純や蛍、黒板五郎に会えるとは思っていないが、舞台となった麓郷はどんな所なのか、そして、今でも残っているという当時の丸太小屋を一目見たかった。幹線道路から外れて農村風景の中を進んで行くと、旭岳や十勝岳の山並みを望む開拓農地と山裾の森林地帯が交わったところに麓郷の森があった。そこは観光地になっており、ドラマで黒板五郎が自分で建てた「丸太の家」「石で作った家」「廃品で作った家」がそれぞれ数キロ離れて建っていた。入場料各500円で見学できるが、どこも観光客がいて人気の高さがうかがえる。テレビ放映時には生まれていなかった若者も車で多く見学に来るのだろう、それぞれ近くには土産物店やカフェ等もある。そこから少し離れると、農協集荷場やそば屋がある通りがあって、その先は農地だ。このどこにでもあるような所であの純や蛍が成長したのだ‥と虚実混同し錯覚に陥ってしまいそうだ。しかし見方を変えると、どこにでもあるような所にもそれぞれのドラマがあるということかもしれない。
トウキビ畑の先が麓郷の森、純たちが初めて住んだ家がある(グーグルマップから)

「北の国から」は1981年から放映された人気シリーズ

麓郷の森には放送から35年経った今でも訪れる人が多い

麓郷の森には当時の家が残っている

丸太小屋が火事になった後、五郎が作った石の家
この日、北海道は大雨注意報が発令されており、麓郷の森から富良野市街に向かう途中は土砂降りの雨だった。所どころ側溝があふれ道路が川のようになっているところもあった。麓郷から約20キロメートル走って富良野市街に入っても雨は降り続いた。時刻は午後3時になるが、今日のキャンプは諦めて旅館かビジネスホテルに泊まることとする。まず、富良野駅前周辺ならあるだろうと、カブで駅周辺を一回りすると、商人宿風の旅館があった。濡れた雨具のまま、玄関で訪いを告げると、赤ん坊を抱いた男性が奥から出てきて「あいにく、今日はいっぱいで‥すみません。鈴木旅館さんなら空いていると思います」と教えてくれた。それではということで、少し離れた鈴木旅館を訪ねてみる。「すずき旅館」という看板が出ている6階建てのビジネスホテルのような旅館だった。駅近くという立地のためビジネスマンか個人旅行者が利用する旅館と思われる。フロントで訪いを入れると70代の女性(老夫婦で営んでいたことを後で知った)が出て、素泊まりでよければ二部屋空いているとのこと。大雨の中を走って来たので、すぐにでも落ち着きたかった。早速、チェックインする。カブの荷物を運ぶため、部屋まで3回往復する。カブにご苦労だったと心で呼びかけ、防水シートを被せ駐車場で休ませた。

今回のツーリングで初めて畳の上で寝た富良野駅近くの「すずき旅館」
部屋は畳部屋、1週間ぶりに畳の上で寝られると思うと早く横になりたいが、夕食(適当な食堂が見つからずスーパーで買った弁当・惣菜を部屋で食べた)までの一時、見知らぬ街を散策するのも旅の楽しみの一つ。傘とカメラを持って、珍しい店はないか? 変わった路地はないか? 周囲を眺めながら歩いていると‥ありました。電柱に大きな看板「へそ歓楽街」。富良野市は北海道の中心に位置することから「へそ」の町として、観光PRしていたのを思い出した。さっそく、へそを覗きに路地に足を踏み出す。と、そこには昭和の飲み屋が肩を寄せ合った路地があった。丁度雨も止んで、水溜りができた幅3メートルぐらいの狭い路地の両側に、「さくら」「マドンナ」「ラベンター」などスナック等では王道の名前が競っている。今はまだ早い時刻なのでカラオケやざわめきも聞こえないが、あと数時間もすると看板の輝きと共に路地も輝くのだろう。私はそうゆう店にはほとんど行かないが、昭和の雰囲気を残す路地はめっきり少なくなった。私の住む街にも「パナマ通り」というのがあったが今は見る影もない。2つの通りをつないでいた路地で、太平洋と大西洋をつなぐパナマ運河をもじったものらしい。二人並んで通るのがやっとの狭い路地にスナックが軒を並べていた。このへそ歓楽街は、まだ元気な様子。今でも中畑木材の地井武男と田中邦衛が肩を組んで、目の前の児島みゆきが勤めるスナックから出て来そうだ。この雰囲気をカメラに残そうとモノトーン調に赤を加えて撮影した。

この看板には誰でも興味をそそられる

へそ歓楽街は昭和を感じさせる路地にあった

昭和ノスタルジーを感じてもらえるだろうか?

酒に酔った五郎と中畑のおじさんに会えそうな気がした
そんな昭和ノスタルジーに浸って旅館に戻った。

さて、今日はゆっくり風呂に入って、畳の上で眠るぞー! 「へそ」の夢でも見そうだ(この続きはその11に続く)
本日の走行263キロメートル
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