平成30年5月31日、19日目の朝は城崎温泉の木賃宿で、雨の音で目覚めました。宿の裏を川が流れているので、川の音なのか、雨音なのか、どっちだろうと考えなが起き出して窓の外を見ると、川の向こうを黄色い傘をさした小学生が一列になって登校しているところでした。これまで半日ほど雨に降られた時もあったが概ね天気に恵まれた旅だったので、このあたりで雨になってもやむなしと雨具を着て8時に、宿の主人の見送りを受けて出発しました。城崎、出石(いずし)、福知山市、京丹波町を通って1時過ぎには京都市内に入りました。この間、雨は降り続き、少し弱まったかと思うと、再び土砂降りという状態。雨宿りより早く京都に着きたい一心で雨の中を走り続けました。
宿の部屋から外を見ると傘をさした小学生の列

この旅でセルフ給油にも慣れた

今日の宿泊は京都市内の真ん中にあるライダーハウス。米穀店と一緒

ライダーハウスボーダー
ライダーハウスのオーナーは米屋の親父さん。ツーリングが好きだった息子さんが30代で病気で亡くなった。その遺志をついでライダーハウスをやることに。
ライダーハウスは米穀店の裏にある12畳の和室一部屋。縁側から出入りする。

ライダーハウスの内部
今晩この部屋に泊まるのは、親父二人と千葉から来た日本一周中の若者一人

二条城を見学しました
夕食まで時間があったのでライダーハウスから歩いて行ける二条城を見学しました。徳川家将軍の京都での居城。壮大で豪華な内部は将軍の権力の大きさをまざまざと示していた。
二条城の敷地はとても広く、一周すると良い運動になった
この旅が終わる頃には、より一層健康体になることだろう。

本日のコース 走行距離157キロ
今日は雨の中を走り続け京都に着いた 明日から6月。続きは明日の心だー
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カテゴリー: ツーリング
ツーリング
親父二人で西日本カブ道中-18
平成30年5月30日、18日目になりました。今日は今回のツーリングで一番長い距離を走りました。245キロです。山陰海岸国立公園のアップダウンとカーブが連続するリアス式海岸を走ったので心地よい疲れが残りました。その疲れを城崎温泉で流すこともできました。そんな今日一日の写真を並べてみました。

宍道湖 初めてみた宍道湖は思っていたより大きかった
出雲駅前のビジネスホテルを7時45分に出発し、宍道湖の北側の湖畔を松江市に向かいました。

江島大橋大橋は島根県の松江と鳥取県の境港をつなぐ1446メートルの橋。下を大型船舶が航行できるよう橋脚がすごく高い。したがって急勾配。「軽自動車のベタ踏み坂」と言われるほど。それをカブは大きな荷物を積んで3速で登りきった。

松江市から、境港、米子と市街地を通り鳥取砂丘を経て鳥取県の日本海沿岸を走る

国道9号沿いの見晴台から見た浜村温泉

その浜村温泉は〜♬なんの因果で貝殻こぎなろうた〜 貝殻節の発祥

鳥取県から兵庫県に入り山陰海岸国立公園のリアス式海岸を走る

リアス式海岸を左に見て走る

膨大な年月の中で浸食された海岸

ドラマや映画に出ていた余部鉄橋ですが・・・

今はコンクリート橋に生まれ変わっていた。昭和61年に突風で通過中の列車が橋から落下して多くの犠牲者が出る大惨事があった場所です

淀の洞門

そして、今日の宿泊地「城崎温泉」

浴衣姿で散策する親父二人。城崎温泉ではこれが一般なスタイル
城崎温泉は外湯めぐりが有名。7つの共同浴場がある。多くの観光客が浴衣姿と下駄履きで湯の町を散策していた。今の温泉街では珍しい光景がここにはあります。

城崎温泉は、昭和ノスタルシーだけでなく、今でも多くの観光客が温泉街を行き交う活気があります。

外湯(公衆浴場)の一つ、御所の湯
親父二人は、造りが立派なことに驚きました。

今日のコース 走行距離245キロ
今日も良い天気に恵まれました。明日はどうでしょうか、明日の心だー
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親父二人で西日本カブ道中ー17
平成30年5月29日、17日目の朝を萩市内のゲストハウスRucoで迎えました。昨夜泊まった部屋は8人分のベッドがある部屋でしたが、相棒と2人だけだと思っていたら、夜、男性が1人が入り相部屋になりました。朝、その人を起こさないように静かに荷物をまとめて、7時15分に出発しました。小雨が降っていたので当初から雨具を着て走ったが、雨は間もなく止んで濡れることはなかった。今日の目的地は出雲大社のある出雲市。距離は約200キロ、日本海沿いに国道191号、9号と進みます。
萩から阿武町に向かうR191は海沿の走りやすいルート(ストリートビューから)

道路が単調で走りやすいと眠気が出てくる 時おり休みながら安全運転で走る

国道9号に架かる歩道橋とそれを支える構造物 なんとなく恐竜に見えた

島根県浜田市付近の国道9号。「山陰」と言う語感が今日の曇り空と妙に合う
私の勝手なイメージであるが、山陰という言葉から、雲が低く垂れ込んだモノトーンの風景が浮かんでくる。しかし、今回のツーリングで走ってそのイメージが変わった。道路は整備され、日本海のビュースポットが国道の沿線各所につくられていた。そして夕日スポットもいたるところにあった。今回は見る機会がなかったが、夕陽で家々が染まる光景はモノトーンではなく、鮮やかな朱色に違いない。

昼過ぎに出雲大社に参拝 参道には松の巨木が並んでいた

巨大なしめ飾りは大社のシンボル

大社の本殿を裏から拝む どちらの背中も多くを物語っている・・・なんちゃって

出雲大社が縁を結んでくれた今日の宿泊地は駅前の「東横イン」
この旅で初めてのビジネスホテル。テントや民宿、ドミトリーとは違った良さがある。気兼ねなく贅沢にお湯を使ったり、久しぶりにニュースを見たり、旅の後半を乗り切るための充電ができた。

本日のコース 走行距離205キロ
出雲大社で八百万の神に額ずいた? 親父二人に明日は何が待っているのだろう
続きは、明日の心だー
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親父二人で西日本カブ道中ー16
平成30年5月28日、ツーリング16日目です。昨夜は二人とも満足な夕食が取れなかったので起床が早かった。道中のコンビニで早く朝食を取りたいことから、荷物をまとめて7時過ぎには角島を出発しました。今朝の角島大橋は、昨日と打って変わって行き交う車はない。海の上に一直線に伸びた橋を2台のカブは軽いエンジン音を立てて渡って行きました。まず、人の燃料補給よりカブを優先し、最寄りのスタンドでガソリン補給。2台ともガソリンの残量メーターが赤ラインにきていたので一安心。そして次の目的地の秋吉台に向かいました。国道435号は山間部を走る快適な道路だが、1時間近く走っても沿道にコンビニが無かった。結局、朝食を食べることができたのは、8時30分、美祢市(みねし)のショッピングセンターだでした。ここのショッピングセンターでは食料品売場は8時にオープンしていたので助かった。
そして、秋吉台には10時過ぎに着くことができました。曇り空のためカルスト台地特有の草の緑と白い石のコントラストが少し足りなかった。

車のいない早朝の角島大橋を通って本土に帰る

食料品を買って 店内のテーブル席で済ました

秋吉台は曇り空の下にあった

秋吉台は北海道を思い出す

秋吉台の中を走る 雨は九州から追ってこなかった

萩市街に入る手前の道の駅
萩市は、幕末の偉人たちを輩出した地で有名。吉田松陰に学んだのは福沢諭吉や高杉晋作など多数。右手を上げて親父に人の道を説いているのが吉田松陰。刀を持って「今さら遅いのでは・・」と言っているのが高杉晋作。

萩市内は歴史ある景観が整備、保存されている

由緒ある景観の中をカブで散策

ウミネコと戯れる
ゲストハウス(日本風に言うと素泊まり旅館)のチェックインまでにだいぶ時間があったので、萩市の船着場でのんびりと過ごす。ソーセージをちぎって投げると寄って来て食べる。しかし、一定の距離までしか近寄らない。人を見る目があって利口である。

今日の宿泊地「ゲストハウスRuco」清潔で、細部まで洒落た造りであった

1階はカフェを兼ねたフロント、2階は共有スペース、3階と4階が客室

客室といっても相部屋でベッド(これを「ドミトリー」と呼ぶそうな)
これで一人2900円 食事は近くのショッピングセンターから調達

今日のコース 走行距離114キロ
今日走った距離は100キロ程度とこれまでにない短さ、空いた時間を桟橋で漁船を眺めたり、ウミネコに餌をやったりとのんびり過ごした。長期間の旅ではこのような日も必要なのです。それでは、続きは明日の心だー
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親父二人で西日本カブ道中ー15
平成30年5月27日、15日目の朝を別府温泉の民宿で迎えました。昨夜夕食を食べた食堂の主人から共同浴場での朝風呂を勧められたので、午前6時過ぎに湯けむり漂う路地を風呂に向かいました。この辺りは別府温泉でも鉄輪温泉(かんなわ温泉)という温泉街で昔ながらの小さな旅館が軒を連ねています。共同風呂は昨日と同じ「地獄原温泉」名前は恐ろしいが地元の人に愛されている小ぢんまりとした浴場です。脱衣場と浴室の隔たりがなく、下駄箱のような脱衣棚に荷物を置いても浴室から目が届くので安心。浴室は清潔でシンプルで良いのだが朝の一番風呂はとにかく熱い。そもそも源泉は100℃近いとのこと。客が入らない夜間に熱くなるので、一番風呂の時は水道水で温度を下げるのが慣例のようです。朝風呂でスッキリ爽やかになり、民宿のオーナーに宿泊料金(二人一部屋で5000円)を支払って、今日の目的地の角島を目指しました。

湯の町の風情を感じながら朝風呂に向かう

「地獄原温泉」昔からの簡素な浴室(支障ある所はカット)
快晴の中、別府から快適な四車線の国道10号を通って宇佐市に向かい、有名な宇佐神宮の門前を通り、北九州市方面に向かって快調に走りました。門司港が近づいた頃、ちょうど「港まつり」が開催され道は混んでいました。間もなく、関門トンネルが見えてきたので、九州最後の写真をパチリ。これで九州を離れると思うと感慨深いものがあります。関門トンネルはの通行料金20円(安い!)をゲートで支払ってトンネルに入りました。3,461メートルの中間が福岡県と山口県の県境でトンネルを出ると下関市。ここからは日本海を左手に見ながら国道191号を進む。

門司港の近辺は祭りで賑やかだった

関門トンネル入口 これで九州を離れるとなると感慨深い
午後2時過ぎに角島大橋に着きました。今日は日曜日とあって多くの人が、橋の写真を撮っていました。その後、橋を渡って角島の中をめぐり、午後4時に今日のキャンプを決めました。実は、当初決めていたキャンプ地は夏だけの運営で今は閉鎖中だったのです。さらに、島内で夕食の調達をしようと思って島内を周ったが商店がありませんでした。正確には、家がまばらな集落に一件だけあったのですが、店内には電気が点いて無く薄暗い。声をかけて中に入ると初老の男性が障子戸を開けて出てきて電灯を点けた。店内にはカップラーメンやスナック菓子が並べてあるが・・ペットボトルの飲物はダンボール箱に入ったまま冷やされておらず、よく見ると埃を被っている。冷蔵庫をのぞくとさつま揚げなどの練り物が少し入っているだけ。手に取ってみるとシールが半分剥がれかけている。二人とも言葉が出ず、買う勇気も出なかった。何も買わないで出てくるのも申し訳なかったので、オロナミンCを買った。店の前で飲んでから賞味期限を見たら未だ数ヶ月先だった。そんなことがあって、今日のディナーは駐車場脇のお土産店から買った「わさびかまぼこ」になったのでした。旅行者の目線では分からない人口900人程度の島民の暮らしにどうこう言うべきでないが、貴重な体験でした。

角島大橋 日曜でもあり多くの観光客がいた

2台のカブを見て話しかけてきた福岡の男性から撮ってもらった

この旅でさらに日に焼け、ますます俳優モーガン・フリーマンに似てきた

誰カ、ワタシヲ呼ビマシタカ?
角島大橋を渡る

今日のキャンプ地は角島の公園

今日のコース 走行距離204キロ
今日も一日無事に終わりました。 続きは明日の心だー
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親父二人で西日本カブ道中ー14
平成30年5月26日、14日目は朝から雨でした。夜半から時おり雨音がしていましたが、朝には本降りになってしまいました。雨の中テントをたたんで荷物をまとめ7時40分には宮崎県高鍋海水浴場キャンプ場を出発しました。今日の目的地は別府温泉。雨は止むこともなく降り続いていたので、途中で寄ったところは朝食、昼食調達のためのコンビニだけ。宮崎県から大分県へは山中を通る国道326号を走ったので体も冷えて、早く別府の温泉に浸かりたいと思いながら、ただひたすら走り続けました。午後2時、別府温泉に着いた頃に雨も止んで、青空から強う日差しが差し込んで来ました。今日の宿泊地は民宿「ハッピーネコ」ご主人が外国人で奥さんが日本人の若い夫婦がオーナーの宿。外国人の利用が多く、今日は他の二組が外国人だった。
雨の中、テントを撤収する

キャンプ場の水場が大きかったので、屋根の下で出発準備をすることができた

今日の宿泊地は別府温泉の民宿。天候は午前中と打って変わり晴天、着いた早々濡れたテントを乾かす
温泉街を散策しながら共同浴場に向かう。

別府の鉄輪(かんなわ)温泉には、昭和の趣が残っていました

別府には共同浴場がたくさんありました
私たちが入ったのは「地獄原温泉」大人1人、100円。バイクに乗っている時から待ち望んだ温泉。地元の人と一緒に湯に浸かり極楽〃。入浴の後に近くの食堂に
入って、生ビールと共に夕食をとる2人でした。食堂では店の人や熊本から来た客と楽しい会話をしました。
共同浴場「地獄原温泉」の入口

別府温泉街で「世界ネコ歩き」をやってみた。猫からは不審オヤジと警戒された。
今日のコース 走行距離172キロ
宮崎から大分まで雨の中を6時間走った今日、九州地方は梅雨に入りました
さて、明日はどこに行くのでしょうか? 続きは明日の心だー
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親父二人で西日本カブ道中ー13
平成30年5月25日、ツーリング13日目です。はじめにお断りいたしますが、今、テントの中で今日のブログを書いていますが、パソコンの電池が残り少なくなりました。途中で省略するかもしれませんご了承ください。
さて、昨夜は大隅半島の鹿児島湾沿いにある台場公園でキャンプしましたが、この公園は、幕末に薩摩とイギリスが戦争になった際に、イギリス艦隊を迎え撃つために島津斉彬(大河ドラマでは渡辺謙の役)が砲台を設置した場所を公園にしたものです。私たちのテントすぐ近くに砲台の跡地と模造の大砲がありました。「西郷どん」ブームなのでさぞや観光客が来るのではと思ったら、平日の朝だったのでひっそりしていました。

薩摩とイギリスの戦争の際に造られた砲台 この砲台公園でキャンプしました

大隅半島を横断
台場公園を8時過ぎに出発し、30分ほど走った錦江町のコンビニで朝食のあと大隅半島を鹿児島湾から太平洋側に横断しました。山間部を通る国道448号は悪路ではないかと内心不安でしたが、交通量が少ない快適な二車線道路で、思わず鼻歌が出ました。(実際に時間近く対向車と会わなかった)

そして、大隅半島の太平洋側の海岸線を北上
なお、この写真は、運転中に撮ったのではありません。バイクに取り付けたカメラで動画撮影したものを使いました。動画は容量が大きいのでツーリング中はブログに載せられません。絶景の中を走る後ろ姿をみなさんに見てもらいたいのですが、いつか機会があれば・・・

肝付町岸良海岸
前を走っていた相棒が脇道に入ったかと思うと・・・(この場合「脇道にそれた」とは言わないのでしょうね) 白く輝く砂浜が目の前に現れました。〜脇道に入ると新たな発見があるものだ!〜と脇道にそれかけている親父二人は、自分に都合よく物事を考える性格のようです。

人生、脇道にそれることも必要! それって「脇道を知る」の方が良いかも・・・

相棒ばかり出しては申し訳ない。不肖、カブ太郎シニアです

日南フェニックスロードを颯爽と走る

フェニックスロードは海岸線を縫うように走るため時おりトンネルもある

宮崎バイパス

山形を発ってから2000キロを超えたので、宮崎市内のバイク店でカブ2台共にオイル交換。カブあってこそできる旅、ご苦労さん

今日のキャンプ地 宮崎市の北約30キロにある高鍋海水浴場公園キャンプ場
今日、志布志市での出来事です。カブのヘッドライトの球が切れたので、道路脇で交換していると、ちょうど目の前の整骨院から40代くらいの男性が出て来て、道路の案内や見どころを親切に教えてくれました。そして男性は、自分もバイクツーリングが好きで大型バイクを乗っていたが18年前に事故で片足を無くしたと言って、右足のズボンの裾を上げると、それは義足でした。それでこの仕事(整骨医)になったが、またいつかバイクに乗りたい。ドカッティ(イタリアの大型バイク)に乗りたいと熱く笑顔で話してくれました。最後に、私たちにペットボトルの飲み物を持って来てくれました。旅をしているといろんな出会いがあるものです。
いよいよ、電池が残り少なくなりました。それでは、続きは空いたの心だー

本日のコース 走行距離229キロ
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親父二人で西日本カブ道中ー12
平成30年5月24日、昨夜は開聞岳山麓のキャンプ場で、明日こそは開聞岳の勇姿を見せてくれと願いながら眠りにつきました。早朝5時、テントの外で話し声がしました。何人かの女性の声と叔父の「おはよう」というあいさつの声。あとで聞いたら、開聞岳に登山する中高年の女性たちでした。片道5時間の登山だそうです。朝から登山者が何名も登っていくのは今日は天気が良いからだろうと期待し、テントから這い出すと、朝日を受けた開聞岳が目の前にありました。今回は多くのキャンプ場を利用しましたが、木立の中で、晴天を約束された朝を迎えるのは格別です。

キャンプ場から見えた開聞岳 登山口はキャンプ場の中にありました
キャンプ場を8時過ぎに出発し目指すは、鹿児島桜島です。途中、何度も開聞岳を振り返り、まさに薩摩富士にふさわしい美しい山容。北斎が描いた富士山のようです。

絵になる山、絵になる男

鹿児島に向かう途中、砂風呂で有名な指宿(いぶすき)を通ります

鹿児島湾にある原油備蓄基地 巨大なタンク群 国内使用量の2週間分にあたる

鹿児島中央駅 駅ビル内で鹿児島の名産品を眺め、店員の勧めに応じてさつま揚げを何度も試食。鹿児島の表玄関なので「西郷どん」一色と思いきや、意外に冷めているように感じた。のぼり旗などは見つけられなかった。口の悪い相棒は「西郷どんは地元から嫌われているんでないの?」と言い出すしまつ。「おいどんは、そげんことなか!」

鹿児島中央駅の前には幕末の偉人たちの像が立っていた。

フェリーで桜島に向かう
桜島フェリーはこれまで乗ったフェリーの乗船イメージを変えました。まず、受付がありません。フェリー埠頭に着くや否や係員の誘導ですぐに車両甲板に乗り込む。お金は後払い。桜島で下船したあと高速道路のゲートのようなものがあって、そこで支払う。大人160円、原付220円。安い!

フェリーから見る桜島は白い噴煙を上げていた
フェリーは約15分あまりで桜島に着いたが、なんだか周りが埃っぽい。噴煙と一緒に舞い上がった灰なのだろう。桜島の裾野を走っている時、白い噴煙が黒色に変わってむくむくと吹き出してきた。一瞬噴火したのかと驚いたが、噴煙の状態が時折変化するようだ。

白かった噴煙が黒色に変わって、むくむくと盛り上がるのが分かる

噴煙の灰はヘルメットにもうっすらと付着していた

桜島の噴煙を背に佐多岬方面に向かう 右側は錦江湾(鹿児島湾)

今日のキャンプ地は台場公園
幕末に島津斉彬が大砲を据え付ける場所を視察し、手を洗った手水石がある

テントの設営を終え 一人たたずむ 目線の先には・・・

キャンプ地から錦江湾(鹿児島湾)を挟んで夕陽に浮かぶ開聞岳があった
昨日、今日と今回の旅で最も南に来ました。明日からは北上することになります
そこにはどんなドラマが待っているのだろうか? (アルコールに酔ったのか、自分に酔ったのか、定かでない親父二人でした・・・) 続きは明日の心だー

今日のコース 走行距離142キロ
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親父二人で西日本カブ道中ー11
平成30年5月23日、ツーリング11日目です。これまで天候に恵まれたので雨具を着ることもありませんでしたが、何事も良いことだけが続くことはなく、今日一日雨具を脱ぐことはありませんでした。天草の南端にある小さな下須島の民宿を午前7時20分に発ち、ループ橋を渡って牛深港を8時に出航する鹿児島県の長島行きフェリーに乗りました。その時は雨は降っていなかったが、30分の航行を終えた頃から本格的に降り出し、午後2時に開聞岳の山麓に着くまで降りどうしでした。雨の中でのバイク乗りは、「降るならみっちり(山形の言葉では『みっつら』)降れ」の開き直りが必要です。

天草の下島と下須島を結ぶループ橋 民宿はこの橋を渡った小さな集落にある

牛深港でフェリーを待つ

午前8時の便に乗ったのは4、5台の乗用車と私たちのスーパーカブ、そして乗客10名余りでした

フェリーは静かに出航し、天草に別れを告げる叔父貴

フェリーは30分後に鹿児島県長島の蔵之元港に着いた 簡素で静かな港だった
フェリーは住民の足にもなっている。

九州はイモ焼酎の本場 特に薩摩ではサツマイモ畑を多く見かけた

今日のキャンプ地は開聞岳山麓ふれあい公園内のキャンプ場

日中降っていた雨もテントを張る頃に降り止んだ

雨の中を走り濡れた雨具などを干す

今日のコース 走行距離は168キロ
♬ 曇りガラスを手でふいて あなた明日が見えますかー
曇りガラスを手でふいても何も見えません。今日は見ることができなかった開聞岳の勇姿、明日は見えるでしょうか・・・続きは明日の心だー
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親父二人で西日本カブ道中ー10
平成30年5月22日、ツーリングも10日目になるが、二人とも体調は上々で家にいる時より調子が良いほどです。見知らぬ土地の中に身を置くと頭と体が活性化してくるのが分かります。自分勝手な思いかもしれませんが、バイクに乗ると目まぐるしく変化する周囲の風景が脳を刺激し、体調にも良い効果になっていると思っています。そこで今日は、どんな風景が私を刺激するのでしょうか。写真から皆さんも感じてください。
長崎市内の民宿旅館を午前8時30分に出発しました。混雑する長崎駅前のメインストリートを車の流れに乗って走った。時おり「ブォー」と野太い警笛か周囲にこだまする。路面電車である。路面電車が走っている街は歴史を感じる。4日前に行った松山市もそうであった。

雲仙・仁田峠循環自動車道の展望台から望む島原と島原湾、その向こうが八代海

島原湾の絶景とともに、私たちの眼前に突然「彩雲」が現れた
雲が虹色に光る彩雲は、昔から瑞相(良いことが起きる前触れ)の一つと言われ、この現象が現れる事は吉兆だと言われている。

遠く八代海まで望めるのは少ないと地元の人も言っていた

25年前に突然の噴火と火砕流で多くの犠牲者を出した雲仙・普賢岳
展望台から左に目を向けると眼前に雲仙・普賢岳の岩山があった。その裾野の災害跡地は、防災措置がによって今でも緑はなかった。

南島原市の口之津港と天草上島の鬼池港を往復する島鉄フェリー

船が岸壁を離れる瞬間はワクワクする

30分の船旅

それでも潮風が心地よく、くつろいでいると汽笛がボーッとなった。

天草下島に着くと、港で天草四郎が迎えてくれた

天草下島の海岸沿いを走る

今日の宿泊は「民宿 はいや」

今日のコース 走行179キロ
天気予報では、明日は雨。これまで天気に恵まれた親父二人はどうなるのでしょうか! 明日の心だー
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親父二人で西日本カブ道中ー9
平成30年5月21日、ツーリング9日目の朝を平戸島の荒崎海水浴場を午前8時20分に出発しました。向かうのは、隣の島「生月島」(いきつきしま)です。平戸島から生月島に渡る生月大橋は鮮やかな青色で、昨日渡った平戸大橋の赤色と対照的でした。生月島は南北10キロ、東西2キロ程度の細長い島です。1時間で島を一周することができます。中でも外海に面した道路は眼下に紺碧の海を見ながら走る絶景ルートです。その先に塩俵の断崖が現れたので写真撮影したあと、再び平戸島に戻り島をほぼ一周しました。南北30キロの島で中央部は曲がりくねった山道が続き、時おり小島が点在する海を望むことができるので、のんびりしたツーリングに適した島でした。

生月島の塩俵の断崖はきれいな柱状節理でした

遠くに見える島影は五島列島でした

最西端まで来たことを実感する

生月島の西側を走る (写真を撮らなかったのでグーグルストリートビューを借用)
平戸島から本土に戻った後は、国道204号を佐世保を目指す。佐世保はアメリカアメリカ海軍の基地があり、時おり空母も寄港するので遠目で見ることができるかもしれないと期待していたが、港も見えずに慌ただしく通り過ぎました。遠目に見たのはハウステンボスの建物の一部だった。そこは長崎市にあるのだと思っていたら佐世保だったのですね。

生月島大橋のブルーは印象的
スーパーカブで走るといろんなものが目に入る。本日見かけた面白い風景を撮影しました。1つは平戸から佐世保に向かう国道204号沿いの道の駅での一コマ。もう1つは西海市の農村部での一コマです。

昆虫の里たびら(道の駅)

西海市での一コマ
佐世保からは、チョット遠回りになるが海沿いの車の少ない道を選んで、西海市の国道202号を通って長崎市に着いたのは午後4時でした。今日の宿泊地は、今度の旅行で初めての民宿旅館です。長崎平和公園も近いので親父二人は、夕食までの時間を見学に向かいました。平和公園では修学旅行の学生を多見かけました。

長崎平和公園で平和の大切さを思う

原爆で被害にあった浦上天主堂の正面建物、当時の一部分を展示している

本日の宿泊地「民宿旅館たんぼぼ」

部屋から長崎の街を望む

本日のルート 走行距離198キロ
続きは明日の心だー
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佐世保からは、チョット遠回りになるが海沿いの車の少ない道を選んで、西海市の国道202号を通って長崎市に着いたのは午後4時でした。今日の宿泊地は、今度の旅行で初めての民宿旅館です。長崎平和公園も近いので親父二人は、夕食までの時間を見学に向かいました。平和公園では修学旅行の学生を多見かけました。
親父二人で西日本カブ道中ー8
平成30年5月20日、ツーリング8日目。
昨夜は、想定外の空き缶ストーブ制作講座のため、寝袋に入ったのは深夜になってしまいました。講師のオーナーからは朝が弱いので起こさずに、気をつけて行って下さいと言われていたので、7時30分にライダーハウスを後にした。なお、昨夜オーナーに旅ブログをやっていると話したところ、ぜひここをPRして下さいと言われた。「ライダーハウスD」を検索すると出てくるので、バイクで佐賀県鳥栖市に行く人がいたら一考に値するかもしれません。オーナーから酒宴のお誘いがあるかもしれません。あるいは、空き缶ストーブ制作講座かな!

伊万里市から平戸に向かう途中 快晴で気分よく走ることができた
鳥栖市からは吉野ヶ里歴史公園の前を通り、佐賀、武雄、伊万里を経て平戸大橋に11時過ぎに到着しました。橋を渡ると平戸島。でも、その前に寄りたい場所がありました。長崎県にはたくさんの天主堂がありますが、中でも平戸大橋から2キロほど南に「田平天主堂」は内観、外観ともに美しく国の重要文化財に指定されています。内部も見学できたので、親父二人は神妙に木の扉を開けて内部に入りました。正面奥に天主様の像が見られ、両側には数多くのステンドガラスの絵が美しい色彩を放っていました。

あの橋を渡ると平戸島

あの端を渡ると怖いだろ〜なー

田平天主堂

窓はすべてステンドグラス 晴天だったので色彩がより鮮やか 内部は撮影禁止

天主堂の裏でチョット一服、天主様もきっとお許しになるでしょう
天主堂で心を清めた親父二人は、強風の中慎重になりながら平戸大橋を渡り、今日のキャンプ地に予定している半元キャンプ場に向かったのでした。
その途中「映画『あなたへ』のロケ地」という表示板の前を通り過ぎた、〜あれはここだったのか〜と、Uターン。
映画のロケ地となった薄香湾漁港とその近辺
高倉健主演の最期の映画になった『あなたへ』は、田中裕子が扮する妻の遺言で、遺骨を生まれ故郷の平戸の海に散骨するため、夫の高倉健が富山から長崎県平戸島までワンボックスの改造キャンピングカーで旅をするもの。そして、平戸島の小さな漁村の写真館で見たものは、亡き妻の子供の時の写真だった・・・・この写真館の展示写真を見入る高倉健の姿は感動的でした。多くの人がそう感じたでしょう。最期の高倉健の姿と言ってよいでしょう。その写真館「富永写真館」の前で親父二人の気持ちは、もう高倉健になっていました。

路地の奥の廃業した写真館で亡き妻の子供の時の写真を見つける

後ろ姿は高倉健

映画のまま富永写真館はひっそりと佇んていた

映画と同じ

今、展示されている写真の女性は・・・親父二人とは無縁です
さて、午後2時に予定のキャンプ場に着いたものの、なんと鎖が張られて閉鎖中!
急遽、周辺を探して近くの海水浴場にテントを張ることにした。水とトイレもあるので快適に一泊できると確信し、夕食の買い出しに出かけた。最寄りのスーバーやコンビニまで片道7キロ以上を往復し、午後4時にはいつものディナーとミーティングをすることができました。
今日のキャンプ地は臨機応変に荒崎海水浴場に決定

今日のコース 走行距離158キロ
いよいよ今回の旅で最も西まで来ました。
明日はどうなるのか、長崎はやっばり雨なのか? 続きは明日の心だー
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親父二人で西日本カブ道中ー7
平成30年5月19日、ツーリング7日目。昨夜は夕食の直後から雨が降り、夜にはテントに当たる雨音でラジオの音が聞こえないほどでした。それでも雨音がすべてを消してくれるテントの中でいつの間にか眠りにつき、朝起きた時、雨はすでに止んでいました。今日は阿蘇の高原を走るため、昼頃から晴れることを見通して、いつもより遅い午前10時に出発する。キャンプ場から阿蘇山ロープウェイに向かう途中、ミヤマキリシマの群生地に感動。今が盛りで霧の中で見る花々は生き生きとしていました。しかし、快晴なら雄大な姿を現すはずの阿蘇の連山は、残念ながらガスの中でした。次に向かったのは、阿蘇市を中心とする阿蘇連山の中で北側に位置するやまなみハイウェイ。

昨夜の大雨は朝には止んでくれた

火山で知られる阿蘇中岳への途中、阿蘇市を望む

ここから上はガスの中 阿蘇連山が隠れて残念

しかし、ガス(霧)の中からミヤマキリシマが私たちを迎えてくれた

やまなみハイウェイは北海道を彷彿とさせる
阿蘇からは今日の宿泊地となる佐賀県鳥栖市を目指すが、途中の山間地で吊り橋を見かけました。写欲をそそる風景にシャッターを押す。

八女市に向かう国道442号沿線の吊り橋、撮影のため渡った
さて、今日の宿泊は佐賀県鳥栖市にある「ライダーハウスD」夜、オーナーと話が弾んで11時過ぎまで酒飲み話、「おしん」「山形県」「佐賀県」の話題(ドラマの話だが『山形貧乏、佐賀の嫁いびり』が話題になった。「佐賀県は何が有名?」「吉野ヶ里遺跡とハニワ」「ああ! 佐賀県の存在感が薄いのを歌った人」「それはハナワ」さらに、缶ビールの空き缶でアルコールストーブを作る方法の講習会に発展。そんなそんなでブログアップする時間がなくなりました。続きは、明日の心だー。 いや、写真だけでも載せておこう。

ライダーハウス

部屋はプレハブの2階

内部は清潔。夕食は隣のスーパーで調達した豪華ディナー? 1人1泊 1,500円

オーナーとの交流

ビール缶でアルコールストーブの作り方を伝授するオーナー

本日のコースでした。走行距離177キロ
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親父二人で西日本カブ道中ー6
平成30年5月18日、6日目の朝を佐田岬のムーンビーチ井野瀬海岸キャンプ場で迎えました。ムーンビーチの命名は海岸が三日月の形をしていると書きましたが、ネットに上空からの写真がありました、次の写真です。

ムーンビーチ井野瀬キャンプ場(ネットから)
海岸沿いに民家が並んでいたので、散歩の途中で撮影しました。多くが空き家のようです。散歩中のおばちゃんに尋ねると、この辺は半農半漁の家が多く、農作物はみかんとのこと。しずれにしても少子高齢化を感じさせる集落でした。

佐田岬 井野瀬の集落

集落の多くが空き家だった
さて、キャンプ場を6時30分に出発、4キロほど走って三崎港フェリー埠頭に到着、乗船手続きをして待つこと30分、九四フェリーは予定通り出航しました。フェリーは濃霧のため速度を下げたので、定刻より15分遅れの8時50分に大分県佐賀関に到着。

三崎港のフェリー乗り場 濃霧で遅れるとの予報だったが定刻に出航した

一時間余りの船旅をくつろぐ

午前8時50分、大分県佐賀関に上陸 いよいよ九州を走る
佐賀関から国道502号、57号を一路西に走って、熊本県阿蘇市に午後2時に到着、今日のキャンプ地は市街地から5キロほど登った阿蘇麓のキャンプ場「阿蘇中坊野営場」
天気予報では夕方から雨なので、とりあえずテントを設営したあと、食料品の調達のためキャンプ場と市街地を往復しました。

阿蘇山麓の中坊野営場

今宵のミーテング兼ディナーはイチョウの木の下で
ディナーと飲み物を目の前に時間の早いこともかまわず、午後4時にはミィーティング兼ディナーに入った。周囲の森からはウグイスなどいろんな鳥の鳴き声が聞こえる。ミーティング?も佳境に入った頃、雨がポツリポツリと、現在午後8時、テントの中でブログを書いているが、雨の音が激しくラジオの音も聞こえないほど。今夜は雨音の緞帳が下りて眠りにつくだろう。

今日のコース
九州初日の夜は大雨でした。でも、テントの中は日本晴れ 明日は何が待っているのでしょうか。 明日の心だー
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親父二人で西日本カブ道中ー5
平成30年5月17日、ツーリング5日目、しまなみ海道の大三島にある多々羅大橋キャンプ場で鳥の声で朝を迎えた。キャンプ場には私たちを含めて4組の個人やグループが泊まった。昨日何度か言葉を交わした広島からの若者から、今朝、朝食を多く作ったのでと、アツアツのチーズとトマトのサンドイッチを頂いた。とても美味しかった。そして荷物をまとめて出発したが、すぐ近くのコンビニで朝食を取りながら本日の打ち合わせ。椅子とテーブルがあるコンビニはありがたい。

8時30分、コンビニで朝食を取りながら本日のミーティング(笑)
この後、3つの橋を渡ったが、最後の橋は4,105メートルと一番長い来島海峡大橋。眼下の海は渦を巻いていた。

大橋は自動車専用道路の両側が原付バイクと自転車用で進入口が別になっている

これから橋に上がるところ

橋からは瀬戸内の島々が見える
しまなみ海道の終点、今治市から次に目指したところは日本一古い温泉と言われる道後温泉。ここに来たからには入るべきでしょうと、道後温泉本館に入る。この旅で初めて入る風呂が公衆浴場のキングオブキングとは・・ありがたみを知っているのかいないのか、5日分のアカを一所懸命落とす二人でした。

道後温泉本館の歴史ある建物を見上げる・・正午に4階の鐘楼で太鼓を鳴らす

温泉に入りスッキリ
道後温泉を後に次に向かった先は佐田岬。四国愛媛県から九州大分県に向かって長く突き出た半島。そこから明日のフェリーに乗るため、今日は三崎港近くにキャンプする予定。

佐田岬を縦貫する国道197号は山の中腹を縫うように走る。そこから見た風景
午後4時に本日のキャンプ地であるムーンピーチ井野浦キャンプ場に到着しました。海水浴場のキャンプ場なので今は閑散としていました。近くにオーストラリア人でサイクリングで世界を回っている二人ずれがキャンプしていたので、道の駅で買った甘夏柑を1個差差し上げたら喜んで、カメラのシャッターを押してくれるという。お礼のつもりなのでシャッターを押してもらった、下のがその写真です。

近くでキャンプしていたオーストラリア人からシャッターを押してもらった
本日のキャンプ地 ムーンピーチの名前は砂浜が三日月の形から命名されたもの
本日のコース 走行距離190キロメートル
いよいよ明日は九州へ上陸 続きは明日の心だー
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親父二人で西日本カブ道中ー4
平成30年5月16日、4日目です。今日は旅の記念日です。元禄2年5月16日に松尾芭蕉が「奥の細道」に旅だった日だそうです。そんな偉人からすれば池に飛び込む蛙のような親父二人ですが、今日も西日本の細道をカブで走り回りました。

昨日のブログで田舎のコンビニのことを書きましたが。イメージ通りでしたか?
8時前に岡山県の山間のキャンプ地を出発し、広島県尾道市を目指す。途中、300番代や400代の国道を通ったが情報が古いバイク用ナビに何度もダマされながらも中国山地の山間を快走した。峠を越えて眼下に周囲を山に囲まれた町が見えた。岡山県高梁市です。急な下り坂のループ道を降りて街中に入って、そこのコンビニで遅い朝食をとることができました。高梁市は男はつらいよの映画で2度もロケ地となった場所です。情緒ある街並みが印象的な映画でした。第32作はマドンナ竹下景子のお寺で急遽、住職の代理を務めることになった寅さん、法要でさくら達と鉢合わせ・・・あの場面はシリーズの中でも秀逸。寅さんが務めた寺はどこだったのだろうと、虚実混同しながら高梁市を通り過ぎました。

高梁市は山地に囲まれた落ち着いた街
岡山を縦断し広島県に入り、瀬戸内海に面した福山市からは国道2号を西に向かう。幹線で車が多い道をしばらく走ると造船所の巨大なクレーン群が見えてきました。正午過ぎに尾道市に到着して、すぐに「しまなみ海道」に入りました。最初の島は「向島」先日まで頻繁にニュースに出た島です。早く捕まって良かったです。まだだったら検問で親父二人不審者なったかもしれません(笑)。

これから渡る因島大橋

こちらは、今日の4番目に渡った多々羅大橋
さて、因島大橋、生口橋と渡って生口島にきました。ここで一見しておきたかった場所がありました「耕三寺」です。日本の有名な建築を再現した寺です。中に入って、親父二人唖然としました。写真から伝わるでしょうか。

耕三寺の門前

日光の陽明門を忠実に再現した孝養門

原色の仏像など彫刻群に唖然とする

昭和にできた仏像群は原色が際立っている

寺の裏にある丘はすべてが大理石で作られた彫刻群 その規模の大きさに唖然

イタリア産の大理石を大量に使った庭園から瀬戸内を一望できる
午後4時に今日のキャンプ地に着きました。しまなみ海道で最も人気のある所です。多々羅大橋キャンプ場は、その名のとおり、大橋の真下にあります。(真下は海なので正確には四国側の端の下です) 良く整備されたキャンプ場です。近くのコンビニで食料調達し、瀬戸内海の島々を眺めながら、ディナー(?)と共に今日の振り返りをする二人でした。

多々良大橋キャンプ場はしまなみ海道で一番人気

有料キャンプ場は整備が行き届いていた

ロケーションはベスト

今日のコース。 走行距離は167キロメートル
さて、明日は何が待っているでしょう。明日の心だー
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親父二人で西日本カブ道中ー3
平成30年5月15日、3日目の朝を丹後半島の西側の付け根にあたる夕日ヶ浦温泉の浜辺で迎えました。天気は快晴。テントを撤収し荷物をまとめて9時に出発。途中、Aコープで朝食を調達し、店舗の脇のベンチで二人並んで食べていると「山形市」のナンバーを見て声をかけてくる人もいて、その都度笑顔で言葉を交わす。
今日のコースで決めていたのは鳥取砂丘を見ること。いざ、最短コースの国道に入ろうとしたとき目の前に表示板「125CC以下のバイクは通れません!」やむなくコースを地方道や一般国道に代えて遠回りのコースで鳥取に向かいました。でも、災い転じてなんとやら、田植え中の田舎道や車が少ない風光明媚な道を走ることができました。

シャッターをお願いしたご婦人から「同級生ですか」と聞かれ、複雑なカブ太郎

中国山地を横断する国道429号を走る。車が少なく快適な道路

今日のキャンプ地「湯の瀬温泉」キャンプ場は閉ざされていた
途中遠回りしたこともあって、キャンプ予定地に着いたのは午後5時を過ぎました。さらに、なんとチェーンが貼られて閉鎖中。そこで、受付場所になっている湯の瀬温泉旅館に行くと・・・鍵がかかって誰もいない! 近所の人に聞くと「買い物にでも言ったのかも・・・」

キャンプ場の受付となっている近所の旅館は留守だった
さて、今晩のキャンプ地をどうしようかと二人相談した結果、どこかにテントを張るにしても、まずは食料と飲み物の調達ということで、国道まで引き返し、食料品店(兼)酒屋(兼)雑貨屋いわゆる田舎のコンビニに寄って、「実は、食料をここでいただいて、近くにテントを張りたいんですが・・・」親切なオーナー(兼)おばちゃんに尋ねると「向かいの公園の隅だったら良いと思うが・・・お父さんが地区の副会長やってるんで聞いてくる」と向かいの小屋に小走りで行った。そして「いいよ」という返事。そうゆうことがあって、今日のキャンプ地が決まった次第でした。

午後6時30分 テントとを張り終え、夕食(つまみ?)しながら今日の振り返りと明日への思いを語る二人でした

今日の走行距離245キロ
続きは明日の心だー
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親父二人で西日本カブ道中ー2
平成30年5月14日、ツーリング2日目。敦賀港を午前5時30分に出発。丹後半島を目指します。途中、天の橋立に寄りました。あの股のぞきで有名な観光地です。みなさん! 知っていましたか? あの天の橋立は歩いて対岸に渡れるんですよ! さらに驚いたことに原付バイクも走れるんです。親父二人は、天の橋立をカブで横断しました。

天の橋立を走る二人
次に訪れたのは、丹後半島飲む中ほどに位置する伊根町です。舟屋で有名ですね。
テレビなどで見た舟屋はその多くが、観光のため統一された色調に整備され民宿を営んでいます。そこから岬1つ離れたところには昔のたたずまいの漁村がありました。

伊根町の元祖 ? 舟屋

元祖 ? 舟屋を望む

こちらは、よく知られた舟屋 観光客も多く、民宿が多い。

舟屋を前に思いに耽る ?
さて、今日のキャンプ地を探すことになったが、当初に予定していた琴ノ浜海岸は条件に合わず断念。数十キロ離れた夕日ヶ浦温泉の海岸を今日のキャンプ地としました。
2日目、テント設営

夕日が浦は字の通り夕日がとても綺麗
夕日を見ながら、コンビニで調達した豪華 ? 夕食とアルコールで、今日1日を振り返る親父二人でありました。。

2日目のコース。走行距離232キロメートル
それでは、この続きは明日の心だー。
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親父二人で西日本カブ道中ー1
平成30年5月13日、いよいよ出発の朝です。昨夜は遠足の前の子供のようになかなか眠れず、今朝は5時前に目覚めてしまいました。8時30分、親父二人は自宅前で出発の記念撮影をして、日曜の静かな住宅地の中をスーパーカブの心地よいエンジン音を奏でながら出発したのでした。

私、カブ太郎シニア(右・62歳)叔父(70歳)
天候は曇り、でも気分は晴れ晴れ。国道13号を南進し、南陽市から113号に入ります。途中、飯豊町の道の駅で小休止。日曜なので乗用車とともにツーリングのバイクも多い。私たちの隣に和太鼓のようなエンジン音を響かせてビンテージバイクが駐車した。そこで若者と一時のバイク談義。原型が判らないまでにカスタムされた若者のバイクは、戦時中のイギリス車を彷彿とさせ細部までこだわった作りでした。お互いの安全運転の声がけをして別れた。旅のちょっとした出会いです。

R113沿い 飯豊町の道の駅でビンテージバイクの若者と会う

このカスタムは半端でなかった
さて、小国を過ぎる頃からポツリポツリと雨が落ちてきた。なんとか夕方のフェリーに乗るまでには持ちこたえて欲しいと願いながら新潟県に入る。雨粒が光るビーズのように風防に張り付いているが、カッパを着るほどでない。そのまま日本海沿岸を走る国道345号線を新潟に向かう。途中、お腹が空いたところで沿線から横丁に入って小さなラーメン屋に入った。10人も入ればいっぱいの小さな店だが8割がた入っている。カウンター席に座って自家製手打ちラーメンで腹ごしらえをした。店を出た時には雨粒が大きくなったので、カッパを着て小雨の新潟市街を走る。

国道345号を通るとなぜか会いたくなる巨大物

新潟市北区の黄金ラーメン、地元に人気があるらしい。
14時、フェリーターミナルに到着。2時間ほど待合室で過ごした後、16時に乗船。船内で親父二人は船内を散策した後、缶ビーを手に旅の初日の感想を語り合うのだった。

予定通り14時に到着

フェリー内部。ツーリストクラスの客室
このように、ツーリング初日は過ぎたのでした。フェリー船内はワイファイがつながらないため、アップは翌日になります。それでは明日をお楽しみに。
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親父二人で西日本カブ道中(準備)
私、カブ太郎シニアは定年退職した一昨年に四国八十八ヶ所をカブで巡り、昨年は北海道を一周、そして今回、「西日本カブ道中」と題して中国地方、四国、九州をおなじみのスーパーカブで周遊し、その様子を連日ブログアップする予定です。沿道で心惹かれた光景などをカメラに収めコメントともに掲載しますので、一緒に旅する気分になれば嬉しいです。
さて、今回の旅は私と叔父の二人道中。私は62歳、叔父70歳、ともにリタイヤ親父が3000キロ以上を走るという計画です。年寄りの冷や水と言われないように数ヶ月前から準備をしてきました。
まず、私の足となるスーパーカブのチェーンとスプロケットを高性能に交換し、新たに風防を取り付けました。風防の効果については「多少の雨でも濡れない」「風圧が無くなり長距離を乗っても疲れない」など良いことづくめ。
一方、叔父の足となるのは、発売されたばかりの新型スーパーカブ110プロ、昨年の暮れに一緒にツーリングに行くことを決め、すぐに注文したが人気の高さもあって半年待っての納車。大型ボックスを取り付け、2台のスーパーカブは準備完了。出発は5月13日に決定。

叔父のスーパーカブ(右) ボックスのデザインは手作り。
出発の日からブログをアップしますので、もうしばらくお待ちください。
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